コリンチャンス本部を訪問、89年前にできた初代ホームスタジアムでユースの試合も観戦
今日はサンパウロ市内のコリンチャンス本部、パルケ・サン・ジョルジ(PSJ)に行ってきた。
コリンチャンスは正式名称を、スポルチ・クルービ・コリンチャンス・パウリスタ(SCCP・スポーツクラブ・コリンチャンス・パウリスタ)といい、大人の男子サッカー以外にも多くのスポーツチームを持っている。
女子サッカー、フットサル、バスケ、バレー、ボート、水泳チームがあり、コリンチャンス所属の水泳選手はブラジル代表として、リオ五輪にも出場している。
女子サッカー、フットサル、バスケ、バレー、ボート、水泳チームがあり、コリンチャンス所属の水泳選手はブラジル代表として、リオ五輪にも出場している。
PSJには、クラブ会員(ソシオ)がそれらのスポーツを楽しめる施設がある。レストランや教会もあり、まさにその昔、後のJリーグチェアマン川渕三郎がドイツで体験し感銘を受けた、総合スポーツクラブそのものだ。
(レストランにはコリンチャンスOBやコリンチャンスファンの有名人の似顔絵)
(教会には守護聖人聖ジョルジの像が)
なぜ、パルケ・サン・ジョルジと呼ぶかというと、コリンチャンスには、セント・ジョージ(聖ジョージ)が守護聖人として定められており、それのポルトガル語読みがサン・ジョルジ、「パルケ」は「パーク」で、「聖ジョージ公園」というわけだ。
PSJの中には、ファゼンジーニャの愛称で呼ばれるアルフレッド・シュリグ競技場がある。 このスタジアムは、1928年から1990年代初頭まではトップチームの本拠地として使われていたが、今はユースチームなどが使っている。
(ブラジルに来て以来22か所目の訪問スタジアム、ファゼンジーニャ)
そこでのU20サンパウロ州選手権、コリンチャンス対ブラガンチーノの観戦が、訪問の一番の目的だった。コリンチャンスU20には、ファブリシオ・ケイスケ・オオヤという、17歳で今年1月のU20のブラジル全国大会(コパ・パウリスタ)での優勝チームの主力として活躍、6月のトゥーロン国際では年齢別のブラジル代表としても出場している日系人選手がいる。彼が一番のお目当てだったのだが、今日は累積警告で出場停止だったのが残念だった。
コリンチャンスは前半こそ、コーナーキックの流れから先制点と、既にトップ登録もされているカルリーニョスの突破から最後は別の選手(名前が分かりません)が押し込んで2点をリードするも後半はブラガンチーノの反撃に遭い追加点は奪えなかった。しかしながらそのまま2‐0で押し切り、勝利をものにした。
ブラジルに来てからの「22か所目の訪問スタジアム」の記録を携帯メモに書き込みニヤニヤしていると、一緒に観戦していたコリンチャンスファンのブラジル人の友人が、何年のあの試合のあの判定はどうだったとかこうだったとか、楽しそうに延々と話し込んでいた。
100年を超える歴史を持つクラブの歴史に触れた一日だった。