ブラジルサッカー便り 

2014年よりブラジル、サンパウロ在住、サッカー大好きです。

まだまだ熱い情熱の人ジーコ、大いに語る。 日本やブラジルのサッカーから、政治まで

 

 先日、鹿島アントラーズのテクニカル・ディレクター(TD)への就任が決まったジーコ。

 ブラジル国内では、むしろ、ジッコ、ジッコと呼ばれ、マスコミ露出も多く、自分のユーチューブチャンネルでは、日本人には到底なじみがないようなお茶目な顔も覗かせていた。ブラジル代表の先輩格、リヴェリーノと共に出演していたトーク番組では、ブラジルサッカー界の大物を呼び、ブラジルサッカー界の発展のため、真面目な議論も見せていた。そんなジーコにブラジルの大手新聞エスタードがインタビューした。内容はサッカーに限らず、ブラジルの国内事情や政治に関することまで様々で、非常に興味深かったので紹介する。

 

Q イングランドxクロアチア戦で、直接FKからイングランドの先制ゴールが決まった時、どんな気分でしたか? あなたが現役だった頃、あなたも含めて優秀なフリーキッカーが沢山いましたね。今はセットプレーといえば、直接FKではあまりゴールも決まらず、ゴール前にハイボールを上げてそこに殺到するようなプレーばかりですよね、事実、ロシアW杯でもそんなゴールが多かったですが。

 A 私は過去を懐かしむようなタイプの人間ではないよ。今のサッカーもよいと思う。今はマークもきつく、全てが戦術的だから、優秀なフリーキッカーを持つ事は勝利のために必要な事。私に言わせれば、ブラジルは、セットプレーが弱いね。直接狙えるキッカーはネイマールくらいか。イングランドのあのゴールは見事だった。フリーキックはキッカーの才能に大きく左右される。それは間違いない。でも沢山練習することも大事。神に才能を与えられても、それを磨かなくてはいけないんだ。それも一人で、チームの練習が終わった後にね。

 

 Q 今大会のベルギーは、54年のハンガリー、74年のオランダ、そしてあなたが輝いた82年のブラジルのように、観客を魅了しつつも優勝に届かなかったチームと言えるのでは?今大会のベルギーと、82年のブラジルに似たものを感じますか?

 A ワールドカップがリーグ戦だったら、54年のハンガリー、82年のブラジル、18年のベルギーは優勝だったかもしれないね。ただし、ワールドカップは一発勝負の勝ち抜き戦。決勝トーナメントからは一度負けたらさようならだ。でも、確かにベルギーは良いチームだった。今大会では他にクロアチアが気に入ったよ。優勝できたかどうかは関係ない。歴史には勝者の名前だけが刻まれるとはいってもね。でも70年ブラジル、02年ブラジル、10年スペイン、14年ドイツのように、試合内容もよく、優勝することも可能なんだ。

 

 Q あなたはフラメンゴでキャリアの多くを過ごし、タイトルも獲り、フラメンギスタから愛されるといったように、選手とチームの関係が今よりずっと密接だった最後の時代を過ごしたと言えます。現在はブラジル人選手は毎年のようにチームを転々とし、母国にさえ全く拘らずに外国のチームにいってしまいます。この流れをどう思いますか?

 A もう、一つのクラブチームに忠誠を尽くしたり、チームのスターが代表にいることで、チームのファンが代表をより強く応援するというような時代ではないね。そりゃあ、ワールドカップの時にブラジル人はブラジル代表を応援するだろう。だけど、私はフラメンゴ、ペレはサントス、ソクラテスはコリンチャンス、ファルカンはインテル、トスタンはクルゼイロを代表していたように、それぞれのチームのファンは特定の選手を通してブラジル代表をより身近に感じていたはず。そうしたことは、代表メンバーのほとんどが外国のクラブチームに所属している今では起こらない。

 

 Q あなたはフラメンギスタの英雄ですが、日本サッカーとの繋がりも非常に深い。選手として最後の時期を過ごし、代表チームも指揮しました。日本もブラジルも同じ相手(ベルギー)に破れた事で心の痛みを感じましたか? しかも、日本も、ベルギーもファールをすれば止められたはずのプレーでカウンター攻撃をくらい、失点しました。

 A まず第一に、私はプロフェッショナル・ファール(わざとファールして相手の攻撃を止めること)に反対だ。あんなもの退場にしてしまえばよいとさえ思う。ボールと関係ないところでのファールなんてもっての外、サッカーにとって、ボールは本質的なものだ。ボールにアプローチしようとしてファールになってしまうのは仕方ないが。日本xベルギー戦、ブラジルxベルギー戦に関して言えば、素直にベルギーを褒めるべき。日本の事を個別に言えば、やはり経験が足りず、試合終了間際にカウンターを喰らってしまった。あとは、日本人は体型からして、大型チームが高さを活かした攻撃をしてくるとどうしても弱い。私が日本代表を率いていた時からそうだった。 ブラジルのベルギー戦の最初の失点は本当に馬鹿馬鹿しいものだった。一次リーグのスイス戦と同様に、マークがなっていない。普段から欧州の厳しいリーグでプレーしていて、経験もある選手にしては、お粗末の一言だ。

 

Q 元選手、元監督、元チーム幹部、TVコメンテーターとして、ロシア大会で何か新しい傾向、今後サッカー界の潮流になっていきそうなものはありましたか?

A 目新しいものは何もない。強いて言えばVARかな。過去の大会で繰り返されてきたような、ハンドのゴールが認められたり、本当は入っていたゴールが認められなかったりと、誤審に泣いて敗退といったケースが少なくなったのは良い事。

 

Q 今のサッカー界は巨大なビジネスになり、数あるスポーツの一種目の枠を超越しています。こうした動きに上手く乗り、今ではそれを主導的立場で進めている欧州と、南米の差は開くばかりでしょうか? あなたのいたフラメンゴは1981年クラブ世界一の座に輝きましたが、最近南米勢は欧州勢にクラブワールドカップでの戦績で大きく差をつけられ、ロシア大会でも南米勢は4強に一つも残れませんでした。

A この傾向は続くだろうね。でも、本来そうであってはいけないんだ。南米クラブが欧州クラブに敵わないといっても、欧州のビッグクラブがどれほどまでに南米選手の才能に頼っているか。バルセロナ、レアル・マドリー、バイエルン、PSG、、、どんな欧州ビッグクラブにだって、南米選手はいる。本当に問題なのは南米が自分のアイデンティティを見失っていることだ。ドリブル、一対一、即興性、ボールテクニックを忘れ、欧州の真似で戦術により過ぎている。最近の南米選手は20歳にもならないうちに欧州に行ってしまう。母国で充分に個人技を磨く前に、欧州チームで戦術、戦術って、、、。

 

Qドイツやフランス、イングランド、ベルギーの成功は協会が積極的に強化指針を定めて、それに投資し、国内の才能を育ててきたという背景がありますが、ブラジルは、協会がクラブに対して力が強すぎて、でも、そのわりには、ブラジルサッカー全体を強化するような策を取るなんて事はありません。ブラジルのこうした体質を改善することなく、過去の栄光を取り戻す事は出来るのでしょうか?

A 犯罪者がCBF会長なんて現状は嘆かわしい。FIFAから資格停止処分を受けたり、逃亡中だったり、密室で会長に選ばれたり、サッカーの何たるかも知らないような人物がだ。CBFのトップがこんなでは、ブラジル国内チームを束ねていくことなど出来なくて当然だ。クラブチームも、自分たちに何の利益ももたらさず、その結果、若い才能を二束三文で欧州クラブに売り払わなければならないような状況を座してみている。

 

Q CBFも南米サッカー連盟(CONMEBOL)も、国際サッカー連盟(FIFA)さえも腐敗しています。あなたが、こうした組織と距離を置いているのもそれが原因ですか?この嘆かわしい現実は、ブラジルのクラブ、ブラジル代表が国際舞台で輝けない原因になっていると思いますか?

A 私はサッカーから距離を置いたりしていない。サッカーと共に生きる。確かに(インタビュー時では)どこのクラブを率いてもいないが、TVやユーチューブの仕事でサッカーとは深くかかわっている。協会組織の腐敗と、サッカーの競技力とはそれほどダイレクトに結びついているかはわからないが、ブラジルに対する信頼性を下げたのは確かだ。欧州のチャンピオンズリーグやプレミアリーグなんかには信頼性があるから、投資のお金が入り、選手の待遇もよくなり、スタジアムの環境もよくなり、さらにお金が入る好循環になっているけれど、同じことが南米最強クラブを決めるリベルタドーレス杯で起こっていない。それが、南米サッカーの発展を妨げているんだ。ブラジルも、南米も、まだまだ、その場しのぎで、相手を出し抜いて勝ってやろうと思っている。そんなことしているうちに欧州は、育成や、観戦の環境まで改善していき、プレーのレベルも高めているんだ。

 

Q ブラジルは今困難な時代を迎えています。人々のモラルは地に落ち、汚職がはびこり国の財政状態も散々、経済、教育、治安もよくありません。しかし貴方は、他の多くの成功者がやっているように、国外移住をしない。今年の10月には大統領選挙もあります。こんな状態のブラジルに貴方は希望を見出しているのですか?

A ブラジルの現状は、民主主義と、混乱を混同してしまったことからきていると思う。国旗の図柄の地球にかかる白い帯に記された言葉、国是である「秩序と進歩」をブラジル人は完全に忘れ去っている。国民は民主主義に多くを期待したが、それが混沌になってしまった。最近の政権だって、発足当初は凄く期待されていたけど、それを裏切ってしまった。でも、諦めちゃいけないんだ。自分の持ち場で仕事をしっかりやり、選挙の時だって、くだらない上辺だけの公約に惑わされていい加減な人間に投票してはいけないし、それこそ、買収されるなんてもってのほかだ。国民がこれ以上騙される事のないように、悪徳政治家のツケを払わされる事のないように、政界浄化は絶対やらなくちゃいけない。

 

Q 今、リオの街にでると、貴方が子供の頃過ごしたような、また、貴方がフラメンゴで黄金時代を築いていた時のようなリオとは違った現実がいやおうなしに飛び込んできます。あなたはリオっ子(カリオカ)として、皆の憧れだったリオ、安心して子供を育てる事の出来たリオから大きく変わってしまった現状とどのように向き合っていますか?

A 私はリオを愛している。だから、私に出来る範囲の事をするんだ。リオの現状は本当に厳しい。でも希望をもって、この状況を変えていけると信じなくては。子や孫たちの世代にもっと快適なリオ、落ち着いたリオ、暴力事件の少ないリオ、汚職の少ないリオを遺すためにね。私はリオから離れる気はない。私は自分の仕事で、自分の汗で、自分の努力で今の地位を築いたんだ。これからも、自分の出来る範囲いっぱいまで、リオのため、ブラジルのために出来る事をしていくつもりだよ。

 

 ちょっと長かったがいかがだろうか。 ブラジルで、通訳を挟まずに見せる素顔のジーコは、「より人間的で、感情の起伏に富んだ人」との印象だった。 しかし、サッカーへの情熱だけでなく、ブラジルの政治のこともこんなに真剣に考えているとは驚きだった。

 こんなジーコがまた日本に行き、鹿島アントラーズのTDになるという。公式HPには「全身全霊を捧げ」「一切妥協しない」との言葉がならんだ。Jリーグは、鹿島アントラーズ以外は、浮き沈みがある印象だが、鹿島はなんというか、一本哲学の通ったチームという気がする。そういえば、ロシアW杯で頼もしい活躍をした、大迫、柴崎、昌子も鹿島出身だった。

 ベルギーx日本戦を評して、あっさり「体格差」と言ってしまうところはちょっと、「もう少し分析ないのかよ」とも思うが、ジーコほどの人が言うと、「いや、案外そんなもんかも」とも思えてしまう。契約は年内までと短いが、日本で元気に活躍して欲しい。